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⾔式 第3回公演『んもれ』行ってきました

⾔式 第3回公演『んもれ』

東京公演を現地で2回観ただけ&一週間以上経っている為、細部がふにゃふにゃの状態で書いています。作品単体の記事書くのってどれぐらいぶりだ……?基本めんどくさいのと伏せったーに残してあるからこっちでは全然書いてないですね。

公演ポスターのデザインの意図はパンフレットで言及されていました

言式第3回公演「んもれ」お疲れ様でした。1回目が土曜マチネAブロック、2回目は悩みに悩んで大楽の当引きを握りしめてCブロックで観てきました。開幕するまで囲み舞台なの知らなくて(ちゃんと宣伝してました??)、言ってくれたらもっとチケット取ってたのに!てゴロンゴロンしてました。個人的に、囲み舞台に憧れがあったので……言ってよぉお!!!いざ入ってみたらやっぱりたのしかったよ〜〜〜!!!

 

1回目の観劇後、TLに出せない感想を友達にぶつけて……もとい一旦”とある確認”を取ってみたところ、ありがたいことに20分後には「気になりすぎるからチケット買った(※事後報告)」と言ってくれたので、結局ついていくことにしました。「最初に見た景色を上書きするのはもったいないかも」と思って躊躇ってたんだけどね。持つべきはフッ軽のともだちだね。結果的に2回観ておいて良かったなと思います。配信を買ってくれたフォロワーもありがとうね……いつも騒がしくてすまんね……

各回で全て違うデザインの来場特典。こゆの嬉しい!

 



 

 

 

 

ここからネタバレをするよ〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

前述した“とある確認”とは、これのことなんですけど。

直球のネタバレをいきなり投げても怒らない友達です

いえ、あの、決して、そういう性癖があるとかないとかではなく、観たいか観たくないかで言えばどう思う?という感じで聞きたかったんです。信じてください。ちなみに「絶対観たいやつです」と元気のいいお返事をもらいました。だよねえ〜!

 

とはいえオチも大オチな演出のために、宣伝はしたいがネタバレはしたくないという状況に陥り、しかも当日券も余裕で出ている状況だったので、悔しくて独りで転げ回っていました。もったいなさすぎるだろ。

 

今年は推しの20周年や推しの活休予告で忙しく、演劇よりライブがメインの年だったこともあり、「観れて良かった!」というお芝居には出会えていなくて……まさかここにきて、梅津瑞樹先生にひれ伏す羽目になるとは思っていませんでした。本当にありがとうございました。

 

なんていうか久々に「演劇って自由だな」を実感できて、嬉しかった。だってまさか「演劇って物理的に人を埋めていいメディアだったんだ!?」ってなるとは思わなくて。まぁ私の嗜好範囲が狭すぎて今まで出会ってなかっただけかもしれないんですけど……こういう気を衒ったアプローチが可能なのもこのユニットならではで、とっっっても好感が持てます。全体的に大満足の演出だった。いやーめちゃくちゃ良かった……

 

肝心の脚本はというと、実はそんなに刺さっていなくて。

 

男がふたり、あるいはひとり居る。男、あるいは男たちは夢を追い、何者かになりたかった。全体的に抽象的(作中でいうところの「示唆的」)な展開が続き、演劇としての虚妄でもあり、このユニットとしてのメタでもあり、取り止めのないやりとりばかり。時系列も行ったり来たりで、中盤までは物語の輪郭すら掴めないまま、これ何の話なんだ……?と思いながら観ていました。

 

そもそもなんですけど、夢追い人にあんまり共感できない。まず「何者かになりたい」とかいう漠然とした願望が気に食わない。もっと具体的に筋道立てて考えろや!って思う。自分が比較的、希望通りの進路に収まっているというのが1番デカいのかもしれないけど。何かを「成したい」と思ったなら、それが叶うまで徹底的にやるか、自分が納得できるところで区切りをつけるしかない(それが許される状況であれば、の話ね)わけで。私は”何者か”には興味がないし、できる限り自分のままで戦いたい。裏方には裏方にしかない生き方がある。私はそれを美しいと思ってる。

 

話を戻すけど、それだけ自分と全く違う人生を歩んでいる男たちのことは、やっぱり一歩引いたところで観るしかなくて。それこそ第四の壁とか言ったらいいのかな?わ〜苦しんでて大変そう〜がんばれ〜〜みたいな感じ。とはいえアーティストを目指す人ってきっとこうじゃないとダメだよね、的な。でもさぁ……!それだけかけ離れていても、作品に引き込めるだけの芝居と演出が「んもれ」にはあった。

 

円形の舞台、4ブロックに分かれた客席。空中、または足元に雑然と転がっている缶詰。4つの通路に机や椅子などの小道具類。入ってみて、まずこれらの美術にわくわくした。アイテムはシンプルだけど、キャッツの客席に粗大ゴミのセットがあるみたいなアトラクションじみた空間演出って……大好きで……ッ
そういう囲み舞台に気を取られていたので、お盆が回った瞬間は「やられた!」と思った。せっまいキャパで、好きな役者達の密接すぎる二人芝居を観られたっていう満足度もあるけど、近すぎて客席もどこか試されているような感覚があって。良い舞台って、そういう緊張感さえも気持ちいいんですよね。あんなに逼迫した芝居を2m横の席から観られるだなんて!贅沢すぎるよ〜〜!

東京千秋楽ではこの日限定で、ロビーの装飾も追加されていました。よりメルヘンチックに、一方で青白いライトがどこか不穏でもあり……

ロビーや廊下を埋め尽くすようなカラフルな風船たち。

 

直近で「キルバーン」を観てたのもあって、序盤は「この組み合わせで”Equal”*1が観たいな〜」とか思いながら観てたんです。そしたら段々と不穏な空気になっていって、「僕は君だ」とかいうドドド直球の繭期特攻ワードまで出てきてぶん殴られました。これそのものが梅津版Equalなんだ!と悟ってからはもう脳内エレクトリカルパレード(?)状態ですよ。それはそれとして言式版Equalも是非やってほしいです。なんとかなりませんかね?

 

 

Aブロックの端っこと、その席が完全に真正面にくるCブロックの端っこで観られたのもすごく良かった。当たり前だけど、逆サイドから見るとびっくりするぐらい全然違う。2回目で気づいたけど、中央にいたハシモトの台詞と、ウメツのリップシンクが同期していたシーンで、自分の解釈が完全に反転した瞬間も気持ちよかった。時系列が飛び飛びで、都度リプライズが挟まってくる構成なので、あのシーンてここだっけ?もうやったっけ?むしろ本当に在ったシーンだっけ??と大混乱するのも楽しかった。あとは、照明の色やお盆の回転方向も考えながら観てたのに、逆サイドの記憶が混ざるもんだから途中で訳わかんなくなっちゃったり……(@_@)

 

くちゃくちゃになりながら言う「お前みたいに、真面目に働くとしますか!」も、1回目は諦観を滲ませながらもどこかカラッとしていたのに、2回目の大楽では今にも心が壊れてしまいそうな悲痛さがあったり……役者の梅ちゃんてほんと芝居うまいよね……(今更)

 

ことばの数々がとても丁寧なのも、後半にかけてじわじわ効いてくるのがまたたまらなくて。
「蛹が蝶になるのを台無しにすること」と「蛹が死ぬこと」を別々に定義すること。当て擦りのような「"すみません”、な。」という言い回し。「生きていれば何かしら臭うものですよ」ということは、つまり……?

 

ひとつ疑問が浮かんでくると全部疑わしくなってきて、

 

なんで檸檬がトリガーなんだろう?英語でいう欠陥品のこと?

死体が喋るのは回想だからだとして、結局全ては夢の中の話だったの?

そもそも、男は、本当に"ふたり"だった?

 

と、気が付けば、ものすごく芝居にのめり込んでいた。そのくせ、目の前で演じられていることはちゃんと現実なのに、ずっと夢の中にいるような感覚で。お互いの台詞を反復し合うから、境界線がどんどん曖昧になっていって。最後は鮮やかな檸檬の色だけが目に焼き付いていて……なんともこざっぱりした爽快感と、ちょっとの疲労を携えて劇場を後にしました。普段は夢オチって嫌いなんだけど、どんなパターンの捉え方をしてもそれはそれで面白いな、と思えた。多分もっと歳を取ったら別の捉え方になるんだろな〜。

 

正直なところ、「解なし」「或いは、ほら」の2作がオムニバスだったこともあり、あんまり期待してなかったのもある。「普通に美味しいけどなんの味がしたかイマイチ印象に残らない料理だな」くらいに思ってた。今作でようやく期待通り?の、いかにも器用でクレバーな梅津瑞樹らしい、めんどくさくてちょっと鼻につくタイプの味付け(褒めていますよ)が出てきて、嬉しかった。それがよりによって橋本祥平への当て書きだっていうんだもの。噛み応えもあり、たいへん美味でございました!!

結成から3年かけて、「言式というユニット」の基盤がきちっと整備できたように思える公演だった。贔屓目抜きで(うそ、流石にちょっとはある)素晴らしかったです。

 

これからもこの2人のお芝居が観たいなぁ〜〜〜でも次は流石にゲスト呼んだりするのかな……プリミティブな形態のままの方が個人的には嬉しいけど、かといって役者のオタクだけで消費するにはあまりにも……"んもれ"てしまうのがもったいなくて……せめて円盤に残ってくれると嬉しいです何卒よろしくお願いします……

 

「んもれ」より、焼き魚になったマ◯ボウのファンアート。

 

*1:末満健一脚本。私が観たのは2019年元吉演出版と初演の赤星坂口版のみ。